岐阜新聞 映画部

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『寝ても覚めても』濱口竜介監督インタビュー

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品を果たした映画『寝ても覚めても』が、9月1日(土)から絶賛公開中!今回は8月29日付の岐阜新聞で掲載された濱口竜介監督のインタビューをロングバージョンで特別公開します。(聞き手は後藤栄司岐阜新聞映画部長)

 

■これまでの日本映画にない恋愛感覚を持ったヒロイン

後藤:『寝ても覚めても』を観させていただいて、まず個人的な感想を言わせてもらうと、本当に好きな作品です。特に唐田えりかさんがすごく衝撃的で、今までの日本映画にないような恋愛の感覚を持ったヒロイン。フランソワ・トリュフォー監督の『突然炎のごとく』でジャンヌ・モローが演じたような、実は芯の強くて自分の思いのままにという女性が登場したような感覚があって、本当に狂ったように好きになったような映画でした。

濱口:ありがとうございます。まさかジャンヌ・モローの名前が出るとは(笑)。

後藤2時間の尺で、原作もので、男と女のドラマを完結に描きながらも、テイストは失わずまとめられたのは本当にすごいなと。柴崎友香さんの原作を選ばれた経緯は?

濱口:もともと柴崎さんの小説を何冊か読んでいて、身になじむ文体だと思っていました。その中でも『寝ても覚めても』は特に好きな作品で、日常的な描写の積み重ねを超えて大展開していく話なので、映画にしうるなと。映せる物しか基本的には書いていなくて、映せるものを映していったら大きな感情になってくるという原作だと思ったので、これだったら映画になるんじゃないかと思って読んでいました。

後藤:監督の目線で言うと、『ハッピーアワー』のように、男女を問わず今を生きる人たちのリアリティーのようなものを中心に選ばれたのでしょうか。

濱口:そうですね。いわゆる感情的なリアリティーとは違うのかもしれないですけど、原作の描写が精密というか視覚的で、「この町歩いたことある」というような気持ちになる描写が結構あったので、自分たちが生きている世界と地続きの世界が描かれている感覚があったのは大きなポイントでした。

後藤:この作品のテーマは?

濱口:恋愛は難しいと言うか、人と人が一緒に生きていくのは難しいということなのではないでしょうか。原作のテーマとは違うかも知れないが、映画を観れば身に沁みると思います。

後藤:この映画がどう話題を呼んで、どう広がっていくかがすごく興味深い。昨今“キラキラ映画”と言われるような作品が氾濫する中で、こういうドラマはなかなかお目にかかれない。若い子たちはどう捉えるでしょうか。

濱口:若い子のトラウマになるような映画になってくれないかなと(笑)。キラキラした恋愛映画だと思って観たら、気持ちがズンとなって帰ってもらえればと思います。

後藤:キャラクターも含めて、役者の存在感も大きかったと思います。特に唐田さんの存在感は日本の恋愛映画の新しいヒロインになるといってもいいくらい象徴的なものになると思います。東出昌大さんも2つの目線として曖昧に描かれていますが、監督の思い通りでしたか?

濱口:キャスティングは理想的でした。この原作を撮るとなった時に東出さんにオファーして、受けていただいたのが約4年前。ヒロインがなかなか決まらず悩みましたが、オーディションで唐田さんに決まって本当に良かったなと思いました。

後藤:ストーリーは約10年に渡る話ですが、震災の話は?

濱口:原作は1999年~2008年の10年間の話なので、震災は映画のオリジナル。原作には、ふたりの恋愛の物語のほかに、アメリカの9.11などの社会情勢が実際に書かれているので、いまの時間に移すと当然震災は入ってくるだろうという思いで書きました。

後藤:そのあたりの社会的な雰囲気やムードも、スリリングな展開の中でものすごく効果的で深みがありました。ロケについてこだわりはありましたか?

濱口:震災を描くということもあったので、宮城県名取市でロケをしました。大阪と東京も原作の中にきちんと描かれていたので、土地を巡る物語というスケール感も大事にしました。

後藤:映画を観ている時は気付かなかったんですけど、仲本工事さんも出演されていますよね。その点も、土地の方のリアリティーが伝わってきて、面白い映画だなと。

濱口:仲本さんに出ていただいて本当に良かったと思います。一番最初に登場した時に「仲本さんだ」とあまり思われたくないというのもあったので、地元の人として見えているのが一番良かったです。

■カンヌ国際映画祭で直に感じたこと

後藤:カンヌ国際映画祭に参加されましたが、ある程度カンヌを狙って制作されたということもあるのでしょうか。

濱口:自分自身が行けると思っていたかは別にして、脚本の段階からワールドセールスの会社が入って、そこと組むというのは世界の映画祭を狙っていくということだったと思うので、プロジェクトとしてそういう部分はきっとあったと思います。

後藤:カンヌで実際に上映されて、その反響を含めて直に感じたと思いますけど、どのように受け取りましたか。

濱口:非常に賛否両論ある映画という感じはありましたが、中でもフランス人のウケはよかったような感覚はありましたね。さすが恋愛大国だなと。

後藤:私もフランス人には合うんじゃないかと思いました。逆に否の意見だと、どういうものがありましたか。

濱口:朝子の行動原理が分からない、というところなんじゃないかと思いますけどね。私の理解としては、突然で理由がなく、不明瞭なものとしてみられてしまうということだったような気がします。

後藤:昔のフランス映画を観ていると、「そうそう、これだこれだ」と私なんかは思いましたね。日本映画の系譜でいうと、今までこういった女性っていたのかもしれないけど、内に秘めるだけで、行動には移すことはなかっただろうと。そういった意味でも画期的な、エポックメイキング的な作品だなと思っています。カンヌでのエピソードは何かありますか?

濱口:唐田さんのドレスがレッドカーペットで絡んだこととか(笑)。レッドカーペットでとてもまごまごしてしまったという。後は、上映後に起きたスタンディングオベーションだったり、見るもの全てが新しかったですね。

後藤:監督の映画作りはおそらく、日本人のためというよりは、基本的には自分の撮りたいものを撮るというところですよね。

濱口:基本的にはそうですが、企画の成り立ちとして日本の商業映画を作るということはあったので、何よりも日本人のお客さんに伝わるようにということは一番考えたと思います。それが自分のやりたくないことをやるとか、そういうことではないですけど、そこは同時にやらなきゃいけないという感じはありました。

後藤:今回のテーマは世界に通じる恋愛テーマ、家族テーマだと思いますが、そこに対する思いはぶれてない?

濱口:そうですね。いわゆる日本の商業映画だからと言って、この要素を日本寄りにしたとか、そういうことも少ないので。基本的には普遍的なものがある話だと思ってやっていました。

■濱口監督が好きな映画監督は

後藤:濱口監督が好きな映画監督は誰ですか。

濱口:よく言っているのはジョン・カサベテスですけど、フランス映画だとエリック・ロメールが好きです。

後藤:ある意味普通のドラマの中で、女の子が複層的に考えていることや恋愛に関して人が曖昧に思っていることが描かれているので、ロメールが好きだというのを聞いてしっくりきました。

濱口:ロメールの映画では人の心変わりがすっと起きるんですけど、その心変わりの感覚というのは『寝ても覚めても』でも参考にしています。

後藤:日本の道徳的なことで言うと、「ウソでしょ、ありえない」ということが横行している気がします。恋愛はいろんな感情が交錯するのは当たり前だというところを、最近の映画はなかなか描かいてくれないなぁという欲求不満があったので、この映画を観てスカッとしました。複雑な気持ちを活字で伝えるのと、映像で伝えるのって違うと思いますけど、映像で伝えるにあたってこだわった点があれば教えてください。

濱口:原作小説は一人称で主人公に対する情報が読者側にもあるので、読者も少し朝子の行動に寄り添えることが多々あるんですが、モノローグを入れないことにしたので、キャラクターの起こすアクションによって「なんでこういうことをしたんだろう」と想像できるようにしました。人それぞれの解釈によって、朝子とはこういう人なんだと思えるようにしているつもりです。

後藤:人によって、世代によって、千差万別のスゴイ意見が出てくるんだろうなぁという気がしますね。

濱口:観た人の恋愛観をあぶり出すような映画になっていると思います。

■映画館で映画を観た最初の記憶があるのは岐阜

後藤:濱口監督は、岐阜に行かれたことは?

濱口:小学校5年から中学校1年まで岐阜市に住んでいて、髙島屋の前の映画館によく行った。初めて映画館に行くようになったのは柳ケ瀬の映画館でした。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズとか『ターミネーター2』を観ましたね。転校してばかりいたので、あまり人と関係を深めないようにしていたけど、岐阜では初日から楽しくなじめた。良い友人もできたので、引っ越しが決まった時、出て行くことが悲しかったのが思い出です。地元に映画館があるという環境が少なくなってきているので、近くに映画館がある人はぜひ映画館に観に行って欲しいですね。

 

『寝ても覚めても』はTOHOシネマズモレラ岐阜ほか、全国で公開中。

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