岐阜新聞 映画部

映画にまつわるエトセトラ

Rare film pickup

王道的展開を避けた「ケイコ 目を澄ませて」の斬新さ

2023年03月23日

ボクシング映画の傑作「ケイコ 目を澄ませて」と「アンダードッグ」

©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

©2020「アンダードッグ」製作委員会

「ケイコ 目を澄ませて」が、キネマ旬報日本映画ベストワン、映画芸術ベストワン、毎日映画コンクール日本映画大賞の三冠に輝いた。

ボクシング映画には傑作が多い。日本映画に限っても、「アンダードッグ」、「あゝ、荒野」、「百円の恋」、「どついたるねん」等の作品がすぐに思い浮かぶ。

中でも武正晴監督・足立紳脚本の「アンダードッグ」は日本のボクシング映画の最高傑作で、前後編合わせて4時間36分の上映時間を全然長く感じさせない。3人のボクサーがそれぞれの人生を背負って、意地をかけリングに立つ。彼らのそれぞれのドラマチックなエピソードが、クライマックスの試合をエキサイティングなものにしている。たくさんの登場人物が、それぞれに重要な役割を与えられ、有機的に繋がり、映画の必要不可欠なワンピースとなっている。オリジナル脚本で、これほど密度の濃いドラマが書ける足立紳は凄い。しかもキャスティングも完璧。

「アンダードッグ」はボクシング映画の王道的作品で、優れたボクシング映画の殆どは、同様に主人公がボクシングに人生を賭けるドラマチックな内容である。それに対し「ケイコ 目を澄ませて」の新しさは、耳の聞こえない女性ボクサーの日常に寄り添ったスケッチ風の描写で、あえて劇的な展開を避けたところにある。

「ケイコ 目を澄ませて」では、ホテルの清掃業務の傍ら、ボクシング・ジムでトレーニングに励むケイコの、障害者には何かと困難がついて回る日常生活が丹念に描かれている。音楽は一切使わず、環境音を際立たせた演出で、逆に聴覚の障害を意識させる演出が効果的。無音にして娘の歌声が聞こえない聴覚障害者の両親の立場を観客に追体験させる、「コーダ あいのうた」の演出とは真逆の発想である。

ケイコを演じる岸井ゆきのが素晴らしい。セリフはすべて手話のため、感情の動きをわずかな表情の変化と佇まいで自然に表現し、ボクサーとしての動きにもリアリティがある。主演女優賞を総ナメにしたのも当然と言える好演。

ケイコが通うボクシング・ジムの会長を演じる三浦友和の人間味豊かな演技も味わい深い。

岸井ゆきのと三浦友和が、ミット打ちやシャドーボクシングのシーン等でみせる無言のコミュニケーションが素敵で心に沁みる。

語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

©2020「アンダードッグ」製作委員会

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語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

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