岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

凄惨な過去をひもとくファミリーヒストリー

2022年07月26日

スープとイデオロギー

©PLACE TO BE, Yang Yonghi

【監督・脚本・ナレーション】ヤン ヨンヒ

母の味の伝承と歴史を語り継ぐ魂の継承

グツグツと湧き立つ鍋の中では丸鶏が煮込まれている。そこに投げ込まれる沢山のニンニク。家族の味、オモニ(母)の味として守られてきたレシピによって作られるスープ。

在日朝鮮人の帰還事業は1959年頃から始まった。北朝鮮では "帰国事業" と呼び、在日朝鮮人総聯合会=朝鮮総連が推進したことから、帰国運動あるいは帰還運動と呼ばれた。67年までに朝鮮籍のあった50万人弱の人たちの中から、北朝鮮に永住帰国したのは、およそ9万3千人だった。

1970年、ヤン ・ヨンヒ監督の両親は3人の息子を北朝鮮に帰還させている。これは朝鮮総連の熱心な活動家であったアボジ=父の意志であり、オモニの意思だった。『かぞくのくに』(2012年)は、監督自らの出自を色濃く反映させた劇映画だったが、『スープ。とイデオロギー』は、両親の頑な信念に肉薄し、母の秘密に迫ったドキュメンタリーである。

ある日、母は話始める…「恐ろしかったよ…」その切り出された言葉には、記憶を封印させるにたりる壮絶な体験が隠されていた。

日本の降伏後、朝鮮半島は南北分断の流れのなかにあったが、1947年3月、済州島では南北統一による自主独立国家の樹立という機運が高まり、島内ではデモが行われていた。そのデモに向けて警察が発砲し6名の死者が発生する惨事となる。それをきっかけに、ゼネストが決行され、ついには治安の維持という名目のもと、米軍が介入することになる。そして、4月3日、武装蜂起は全面衝突へと発展していく。

朝鮮戦争をはさみ、事件の完全鎮圧は1957年とされるが、死者は2万~3万、別の統計では8万の島民が惨殺されたという。背景の根幹は"赤狩り"…母が南に抱き続ける恨みや不信はそこに見えるのだが…。

在日であった母は、空襲からの疎開のため、済州島に渡り、そこで事件には遭遇した。

この赤裸々な事実のもと、近くてなお遠い隣人に言葉すら浮かばないのがもどかしい。

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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