岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

リアルな時間を体感させる濱口竜介監督作品

2024年05月16日

悪は存在しない

© 2023 NEOPA / Fictive

【出演】大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁、菊池葉月、三浦博之、鳥井雄人、山村崇子、長尾卓磨、宮田佳典/田村泰二郎
【監督・脚本】濱口竜介

これまで経験したことのない衝撃の結末

濱口竜介監督は時間を逆行させない。回想シーンは使わないし、今流行りの時間操作など一切しない。映画は時間芸術で限られた時間の中で映像の流れによってストーリーを語るものであるが、濱口竜介は時間へのこだわりが特に強い映画作家だ。

ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞の最新作「悪は存在しない」も、濱口監督のこだわりが顕著な作品である。

長野県の自然が豊かな高原に位置する水挽町で、水を汲んだり薪を割ったりする便利屋を営み、娘の花とふたりで暮らす巧が主人公。

そこにコロナ禍で経営難の芸能事務所が補助金目当てでグランピング場建設を計画する。そして地域住民への説明会が開かれるが、環境破壊と水質汚染を心配する町民からは理解が得られない。この説明会のシーンのドキュメンタリーのようなリアリティは濱口竜介作品ならではで、「ハッピーアワー」のワークショップや朗読会の場面、「ドライブ・マイ・カー」の舞台稽古の場面のように、観客をその場に居合わせたような感覚にさせる。

さらに「ドライブ・マイ・カー」を想起させる車で移動中に交わされる会話の自然さも濱口監督の真骨頂で、ここでも観客は同じ車に乗り合わせて一緒に会話を聴いている気分にさせられる。

グランピング場建設の担当者の男女と主人公・巧の会話で対立から共存へのドラマかと思ったが、濱口監督がそんな単純な作品を撮る筈はなかった。

濱口竜介監督の映画は登場人物と観客がリアルな時間を共有する作品でもあるが、登場人物の内面は描かないので思いもしない行動に驚かされることも多い。「寝ても覚めても」の夫を捨てて前の恋人のもとに走ったヒロインの行動にも驚いたが、「悪は存在しない」の結末ほど驚かされた映画はない。

ドキュメンタリータッチの語り口と美しいが不穏な自然の描写と石橋英子の壮大な音楽が一体となった世界観は、映画館でこそ体感するに相応しいと思われる。

語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

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語り手:井上 章

映画鑑賞歴44年。出来る限り映画館で観ることをモットーとし、日本映画も外国映画も、新作も旧作も、ジャンルを問わず観てきたおかげか、2006年に、最初の映画検定1級の試験に最高点で合格しました。

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