岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

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母のスープがギュッと凝縮されたようなドキュメンタリー

2022年07月26日

スープとイデオロギー

©PLACE TO BE, Yang Yonghi

【監督・脚本・ナレーション】ヤン ヨンヒ

何故母が北朝鮮に心酔することになったのか?

日本と北朝鮮に暮らす自身の家族の不条理な現実を、劇映画として丹念に描いた傑作『かぞくのくに』(2012/キネ旬1位)のヤン ヨンヒ監督が、アルツハイマー病になっても北朝鮮の歌を口ずさむ母の、語られなかった過去に迫った渾身のドキュメンタリーだ。

監督のアボジ(父)は済州島出身、オモニ(母)は大阪生まれの在日コリアン。戦後日本で知り合い結婚、男3人女1人の子宝を授かった。両親とも朝鮮総連の活動家で兄3人は「地上の楽園」への帰国事業で北朝鮮へ移住した。末っ子のヤンはそういう両親に反発しており、一つの答えが『かぞくのくに』であった。

そんなヤン監督が2009年に父が亡くなったあと、母から「済州島時代に私には別の婚約者がおってん」という衝撃的な話を聞く。今まで知らなかった事実。何故母親が縁もゆかりもなかった北朝鮮に心酔することになったのか、何故自分が苦しくても北朝鮮にいる息子たちに仕送りを続けるのか、ずっと抱いてきた疑問の糸口が見えてくる。

大阪空襲で焼け出された母は親類のいた済州島に疎開する。日本の敗戦と共にそのまま済州島にいることになったが、そこで遭遇したのが1948年に起こった「済州島四・三事件」だった。アメリカ軍政化の南朝鮮単独選挙に反発し蜂起した島民を鎮圧するという名目で、南朝鮮当局や米軍、李承晩支持者などが関係のない女性や子ども老人を含む一般人まで大量虐殺したのだ。

さぞかし怖かったことだろう。母がそのあとに出来た大韓民国を嫌悪し、北朝鮮を支えていくことになるのにはそんな過酷なトラウマがあったのだ。

ヤン監督と夫の荒井さんは、四・三事件の追悼のため母と一緒に済州島に行く。アルツハイマーは深刻化しているが、幸福そうな顔も見せる。重荷がちょっととれたのかもしれない。

でも母の故郷は本当は日本なのだ。色んな思いが錯綜した母のスープがギュッと凝縮されたような映画だ。

語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白さから映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白から映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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