抑制された官能は、西洋絵画のような美しさ

西洋絵画では頻繁にヌードが描かれている。人間の裸体は多くの芸術家を虜にし、猥褻でないエロティシズムや美しい肉感を繊細に表現しながら、芸術としての傑作を生み出し続けている。

本作でまず目を見張るのは、素晴らしい絵画や家具調度品に囲まれたシェリンガム家の邸宅を、跡継ぎポール（ジョシュ・オコナー）と孤児院育ちのメイド・ジェーン（オデッサ・ヤング）が一糸まとわぬ姿で屋敷を歩き回る室内風景であり、それがあたかも西洋絵画のような美しさであるところだ。抑制された官能に羞恥心は無い（個人的見解）。

そしてこの裸には大きな意味がある。

イギリス貴族とメイドの身分的格差を表すのは着ている服装に他ならない。そんな洋服を全部脱ぎ捨てて裸になれば人間みんな同じだ。幾多の映画のテーマになってはいるが、『帰らない日曜日』の自然さや必然性は群を抜いた美しさと説得力だ。

この映画の素晴らしさはもちろんそれだけではない。背景に当時の社会情勢が巧みに織り込まれている点もだ。

時は1924年3月の母の日。第一次世界大戦(1914-1918)は、それまでの王侯貴族と職業軍人が戦った戦争から一変し、史上初の総動員戦争となった。映画に登場する貴族の子息たちも、何人もこの戦争で戦死している。

それもあり跡継ぎポールは職業選択の自由（弁護士になりたかった）もなく、自由恋愛もできなかった（結婚相手は親から決められた幼馴染）。一方孤児のジェーンは家族も財産もないが自由はある。

1924年はイギリス史上初めて労働党が政権をとった年。政治の主役が貴族から市民へと変わりつつある時代でもあった。

この禁断の恋はどういう結末を迎えるのか？

静謐で美しい田園風景と風格のある貴族の邸宅。吹く風は穏やかで、話の流れはスローモーション。老作家となったジェーンが手繰り寄せる思い出の中の愛のひと時。これぞイギリス映画である。