岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

紙漉きの村の生業を見つめたドキュメンタリー

2021年11月30日

明日をへぐる

©SIGLO

【監督】今井友樹

穏やかで緩やかな時間の流れと人の結びの大切さ

『明日をへぐる』のポスター=チラシには、画面枠からあふれる巨大な物体が独特な色彩で描かれている。この絵の作者は美術家で絵本作家の田島征三だが、この物体は何なのか?

いの町は高知県の中央部に位置し、高知市と近い地域はベットタウン化し、県内最大人口をようする町だが、映画の舞台となる地域は、同じ "いの町" でも山深い場所にある。

季節は冬。そこに住う人たちが集まってくる。急峻な斜面に楮(こうぞ)畑はある。いかつい形の幹から、ニョキッと伸びた枝木を人が鎌で刈っていく。

日本の農村には古くから "結(ゆい)" という制度があった。人手のいる作業を、いわばボランティアのように手伝うことで、例えば、茅葺き屋根の葺き替えや、焼畑の火入れといったことに人が集まった。紙漉きの作業もこれと同じで、刈り取られた束ねられた楮は、円柱形にまとめられ、大きな杉樽をかぶせて収納される。それは楮を蒸す "甑(こしき)" で、3、4時間かけて楮の原木を柔らかくする。

田島征三の絵はこの甑を描いている。

もうひとつ、題名にある "へぐる" とは何か?

杉樽を引き上げる。もうもうと上がる湯気。急ぎ楮に水をかける。ここまでは男衆の仕事。待ち構えていた女衆は、まだ温かい楮を手に取り、枝木の切口から巧みな手さばきで外皮を剥いでいくと、対照的に白っぽい芯が現れる。この作業の剥ぎとるの方言が "へぐる" であることがわかる。

『明日をへぐる』は和紙の原料である楮の栽培から、紙漉きを生業とする山で暮らす人々を描いたドキュメンタリーである。そこには知らない世界が広がっている。その素朴な手作業のひとつひとつ、緩やかな時の流れに身を委ねる人間の営みの美しさが胸を打つ。

序盤、『絵の中のぼくの村』(東陽一・監督/96年)の楮蒸しのシーンが挿入される。この映画の原作は、田島征三の同名の自伝的エッセイで、母を演じたのがナレーターを担当した原田美枝子である。映画も "結" で繋がっている。

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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