岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

ずっとルールに縛られてきた男が、やっと得た自由

2021年04月05日

すばらしき世界

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

【出演】役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美
【監督・脚本】西川美和

人間の愚かさや無様で不器用な生き方を、突き放さずに描いている

 この映画の素晴らしさは言うに及ばないが、まずは私の現職である就労支援の観点で、三上正夫(役所広司)の就労を考えてみたい。

 年齢はおそらく60歳前後。人生の半分以上を刑務所で過ごしており、シャバの時代も暴力団員かチンピラで、一度も正業に就いていない。売りははムショで習った縫製技術。人柄は優しいが、カッとなるとトラブルを起こしやすい。

 私の限られた経験の中では、これを受け入れて彼を雇ってくれる会社はほぼ皆無に近いだろう。少なくとも私は送り出す自信が無い。なので”前科者の社会復帰の難しさ”という紋切型の論評には、いささか違和感を覚えずにはいられないのだ。

 本作のタイトル『すばらしき世界』の意味を考えてみる。

 三上は、親からの愛情は薄く養護施設で育ち、社会人となってからも適切な社会的支援を受けられず、はぐれ者の世界に身をおかざるを得なかった。しかしそこでも家父長的なルールについていけず、暴力を振るって犯罪を犯す。行った先での刑務所では、軍隊的なルールに従わなければならない。

 三上にとっては、今まで親・養護施設・暴力団・刑務所とずっとルールを守ることに縛られてきたのだが、この歳になって初めて自分で生きる道を選択できることになった。憧れの「すばらしき世界」にようやく加わることができたのだ。

 でもその「すばらしき世界」は、近所迷惑な騒音やチンピラによるカツアゲ、知的障害の同僚に対するパワハラなど理不尽なことだらけ。みんな怒りに震えるのをグッと堪えて生きている。

 何故みんな我慢が出来るのか?それは決して自分だけで孤立してないこと。助け合い、励まし合いながら生きているからなのだ。

 西川美和監督の映画は、人間の愚かさや無様で不器用な生き方を、いつも突き放さずに描いてくれる。本作の三上だって、もし親類にいたら距離をおきたい叔父さんだが、決して嫌いにはなれない。すばらしき映画だ。

語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白さから映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白から映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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