岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

Meet somewhere

あまりにも悲しくあまりにも美しい傑作

2021年03月11日

すばらしき世界

©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

【出演】役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美
【監督・脚本】西川美和

男の生き様を見つめる厳しくも優しい西川演出

 無機質なコンクリート壁を晒した建物。はめ殺しに見える窓は鉄格子に被われている。カメラはゆっくりと接近する。その窓の内側、狭い部屋ではふたりの男が対峙している。会話から診察を終えた医療スタッフと患者であることが分かるが、そこは塀の中。患者の男は出所を控え、医師は男の体のことを気にかけている。

 点呼、移動、男のひとつひとつの動作は軍隊のそれのように、規律に縛られ誇張されている。

 極寒の北の刑務所を出所する男は三上正夫(役所広司)。刑務官との会話には慣れ親しんだ雰囲気がうかがわれる。バスに乗り込み、深々と座席に身を沈める。思わず口をついたのは「今度はかたぎぞ…」押し殺した心の声だった。

 昨年末から、反社=ヤクザの世界を描いた作品の公開が続いている。ヤクザ映画に暴力的で血生臭い殺戮シーンはつきものだが、別に、時代の価値観に翻弄される人と組織の悲哀が物語の根底に流れる。個人的には無意味にしか見えない殺し合いには、目を背けたくなるし、社会に行き場をなくした者たちの受け皿、という論理にも賛同できないから、この手の映画は苦手に分類してしまうところがある。

 『すばらしき世界』でも、序盤、刑務所から出所した三上の娑婆での生きづらさが描かれる。

 施設での暮らしに堪えられず奔放。その筋の組織の下っ端となる。激情型の喧嘩っ早い性分を語るのは身体に刻まれた傷。

 親身に世話を焼いてくれる身元引受人。行方知れずの母親探しの取材のため接近してくるTVの番組クルー。忙しさに追われ、おざなりな対応しかできない役人。警戒心と拒絶にまみれた周辺。現実に跳ね返された三上は、一度は昔のツテに縋ろうとするが…。

 ありふれた世界を描くありふれた映画が、再び緩やかに歩み出した三上とともに輝きだす。捨てたもんじゃない世間の善意もあれば、執拗な悪意もまた牙をむく。その時、三上は生きているという喜びを実感する。

 ひとりの男の生き方を丹念に見つめ積み重ねる。平板と思えた演出と演技に気がつけば心を鷲掴みにされている。あまりにも悲しくあまりにも美しい映画だ。

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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