岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

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大戦前夜 正義に対峙する夫婦の物語

2021年01月06日

スパイの妻<劇場版>

©2020 NHK, NEP, Incline, C&I

【出演】蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史
【監督・脚本】黒沢清

スタイルとリアルのせめぎ合い

 太平洋戦争開戦前夜、神戸で貿易会社を経営する福原優作(高橋一生)は、出張先の満洲から帰国する。そこには優作を敬愛する甥の文雄(坂東龍汰)のほかに、謎の女の影があった。

 神戸には古くから外国との接点が多く、現在でもその名残をとどめている。港にも独特の情緒が漂うが、同時に不穏な世相の暗雲を感じさせる。モダンの高揚と不安の沈澱。

 この絵作りは、従来の黒沢清作品にはなかった点で、異なるアプローチによる新たなスタイリッシュ感を生み出している。

 三つ揃いのスーツで決めこんだ優作が醸し出すのは、嫌が上でもブルジョワ的なものに見える。開放的な雰囲気に包まれた会社もまた然り、それは貿易商という職業が生みだす鎧に過ぎないのか?

 そして、妻・聡子(蒼井優)との関係には支配的な不合理を感じる。聡子はそれを嫌うのではなく、優作の愛に包まれていることを実感した上での服従に見える。

 満洲からの帰国後に見せる優作の変化、聡子はそれを敏感に感じとる術を持っている。

 夫婦の間に立ちはだかるのが、聡子の幼なじみで、神戸憲兵隊の分隊長を勤める津森(東出昌大)である。

 これを三角関係と見るには、ある種の不自然さがつきまとう。津森は端から優作を信頼してはおらず、聡子との夫婦関係の危うさを憂いてもいる。これは確信に近く、聡子はそんな津森に恐怖し、不安はふくらむ。そしてその予感は的中し、優作への信頼の脆さを実感する時が訪れる。

 演技のスタイルにも特異さが見える。日常の会話としては成り立たない台詞のやり取りは、時に不自然に感じる。狭められた空間で展開する演劇的な違和感は、リアルから次第に遠ざかる。

 優作の計画は薄い緊張感に包まれた空疎な絵空事にすぎず。津森に捕らえられたスパイの妻は脆弱な人形にしか見えない。

 脚本に濱口竜介と野原位を迎えた大胆な試みは、有効な化学反応を示すことなく、その期待は残念ながら裏切られる。

語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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語り手:覗き見猫

映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。

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