岐阜新聞 映画部

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黒沢清監督初の歴史もの。夫婦の騙し合いが斬新な、必見の傑作

2020年12月31日

スパイの妻<劇場版>

©2020 NHK, NEP, Incline, C&I

【出演】蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史
【監督・脚本】黒沢清

社会と個人の共存を、歴史を通じて際立たせている

 本作は、主にカンヌ国際映画祭で高く評価されてきた黒沢清監督が、初めてヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した作品である。

 黒沢氏が教授を勤める東京藝大大学院の教え子で、映画監督の濱口竜介氏と野口位氏のプロットを基に企画し、3人で脚本化の上黒沢氏が監督した、今年6月NHK BS8Kで放映されたテレビドラマの劇場公開版だ。

 映画を観て思い浮かんだのは、戦中にソ連のスパイとして摘発処刑されたゾルゲ事件の尾崎秀実であり、関東軍731部隊で行われたとされる人体実験である。尾崎の妻は彼の正体を何も知らなかったし、731部隊の悪魔の所業は極秘とされたので史実ではないのだが、「歴史にもしもがあれば」を想像できて面白い。

 黒沢監督にとっては初の歴史ものだが、戦争そのものよりも、夫婦(夫・優作=高橋一生、妻・聡子=蒼井優)の騙し合いに重点がおかれているのが斬新である。さらに彼らは庶民でなく貿易商を営む富裕層であり、世界の情勢を精神主義に陥ることなく客観的で冷静に判断できる人物であること。抑制的な生活でなく享楽的な生活であり、自身の幸福や自由を大切にし、決して「欲しがりません、勝つまでは」ではないところが、今までの日本映画にはあまりなかった主人公像だ。

 もちろん「過去にこんな歴史があった」だけであるはずがなく、排除と分断と開き直りによりかろうじて持ちこたえている末期的資本主義の現代において、何ら変わることのない人間の愚かしさを暗喩しているのだ。

 不正を暴き、世の中に告発する。戦前みたいに治安維持法で逮捕されることは無いかもしれないが、無視されたり干されたり、嫌がらせをされる。そしてそのことに大多数は無関心か、見て見ぬふりをする。

 『スパイの妻』の素晴らしさは、社会と個人の共存と対立を、歴史を通じて際立たせているところだ。それが世界で評価されたに違いない。必見の傑作だ。

語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白さから映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白から映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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