岐阜新聞 映画部

いま、どこかで出会える作品たち

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香取慎吾の表情と演技が素晴らしい傑作

2019年08月16日

凪待ち

©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

【出演】香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー
【監督】白石和彌

理不尽な現実や喪失感に向き合い、残された人間に何ができるのか

 2011年3月11日に起こった東日本大震災の翌年2月、私は初めて被災地の石巻に行った。その時に日和山の高台から見た光景は強烈だった。住宅や工場が立ち並んでいた一帯はほぼ何もなく、道路だけが走る更地だった。

 この石巻を舞台に、突然襲いかかった震災という理不尽な現実により、家族や住処や仕事まで一瞬にして奪われた人たちの喪失感に向き合い、残された人間に何ができるのかを、ギャンブル依存症の郁男(香取慎吾)の生きざまと再生とを重ね合わせながら描いたのが本作である。

 郁男はほとんど笑わない。同僚をかばって仕事を一緒に辞める気のいい奴ではあるが、自分の肉親のことには一切触れない。何かしらの深い喪失感・空虚感があって、その穴を埋めるため、白黒がすぐ決まるギャンブルにハマってしまったのかもしれない。勝った時の一瞬の快感は得られても、本当の質的満足感は得られないので、行為の量だけが増えていく。この「分かっちゃいるけど、やめられない」状態が依存症であり、映画は郁男がのめりこんでいく様子を、じっくりと描いていく。

 家族同然の亜弓(西田尚美)と美波(恒松祐里)と共に、川崎から石巻に移り住む郁男。石巻の人たちは震災による喪失感は深いものの、聖人君子になった訳でも純真無垢に過ごしている訳でもなく、人間の醜さや弱さを時折見せながら、喜びも悲しみも幾歳月の如く、ありふれた人生を送っている。そして人生は続くのだ。

 映画は亜弓の殺害という衝撃的な展開になっていくが、白石和彌監督は犯人捜しに重点を置いているわけではない。突然失われてしまった命に対し、残された人間がどうすべきかを問うている。

 3.11という不条理な喪失感、人間の弱さが元の喪失感、そういったことと向き合いながらの鎮魂歌であり、「生きてくのは辛いけど、歩いていこうよ」という応援歌でもある。

 香取慎吾の表情と演技が素晴らしい傑作である。

語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白さから映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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語り手:ドラゴン美多

中学三年の時に見た「日本沈没」「燃えよドラゴン」のあまりの面白から映画の虜になって四十数年、今も映画から夢と希望と勇気をもらっている、ファッションチェックに忙しい中年のおっさんです。

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