岐阜新聞映画部映画にまつわるエトセトラ『去年マリエンバートで』とヌーベルバーグについて知っている幾つかの事柄 B! ヌーベルバーグを語る上では欠かせない監督アラン・レネ 2019年11月29日 『去年マリエンバートで』とヌーベルバーグについて知っている幾つかの事柄 ©1960 STUDIOCANAL - Argos Films - Cineriz 【出演】デルフィーヌ・セイリグ、ジョルジョ・アルベルタッツィ、サッシャ・ピトエフ ほか 【監督】アラン・レネ 男と女が織りなす迷宮のような物語は、簡単に理解できるものではない 1970年代に映画に引き込まれた我々の世代には、ヌーベルバーグというのは特別な存在である。ヌーベルバーグは1950年代末にフランスで発生した映画づくりに関わるムーブメントのことで、それを存在と呼ぶのは厳密に言えば間違いではある。過去を振り返るかたちで映画を観る作業は、最初は作品を追っていても、その対象は次第に監督に移行していく。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、アラン・レネ、ルイ・マルといった監督は、映画やヌーベルバーグを語る上では欠かすことのできない存在となった。 『去年マリエンバートで』を最初に観たのは、70年代末頃だったか?記憶も些か曖昧になってしまっているが、上映が始まってからのアクシデントは鮮明に蘇る。上映されたのは映画館ではなくホールだった。デジタル化が進んだ今では、ホールでの映画上映は少なくなっているが、当時は、試写会や自主上映会などの興行以外の場として会館が使われた。ホールというのはそういう場所を指す総称だった。スクリーンに映し出されたモノクロの映像には、いきなりの違和感があった。どう見ても被写体がスクリーンに収まっていない。ざわめきが観客席の所々から上がったが、上映はそのまま続行された。映像がスクリーンに収まらないというのは、フイルムのサイズと映写機のフレームサイズが合っていないということで、『去年マリエンバートで』はシネスコ、横に細長いサイズの作品であるのに、それより縦横の比率が小さいビスタサイズで上映されてしまったというミスだった。集中力はいきなり絶たれた。 『去年マリエンバートで』は、黒澤明の『羅生門』から影響を受けたと、脚本を担当したアラン・ロブ=グリエは言っている。『羅生門』は芥川龍之介の「藪の中」を原作としている。 男は女に話しかける。「1年前、ここマリエンバートであなたに会っている」。しかし、女にはその記憶がない。男はその思い出を訥々と語り始める。ホテルの庭園の幾何学的な非現実空間を浮遊する男と女。池のほとり、遊歩道、バルコニーと場所を変えて男は話を続けるが、女は「あなたの夢物語」と一蹴する。男の証明は執拗で、女の夫の視線をかいくぐり、なおも続く。女も朧げな記憶を思い出したかに見えるのだが…。そんな2人の様子を見ていた女の夫は、1年前に起こったことを知っている。 ヌーベルバーグは、1950年代にフランスで発刊された映画批評雑誌「カイエ・デュ・シネマ」の主宰者アンドレ・パザンのもとに集った若い映画批評家たちが、批評の枠を越えて映画づくりを始めたことを言う。『勝手にしやがれ』(ゴダール)、『大人は判ってくれない』(トリュフォー)に見られる反社会性が先行して知られているが、その全体像は多彩で重層性がある。 『去年マリエンバートで』を監督したアラン・レネは、カイエ誌とは違うモンパルナス地区に集った映画人の1人で、セーヌ川の左岸に由来して「左岸派」と呼ばれている。レネの映画監督としてのスタートは早く、『ゲルニカ』(50)、『夜と霧』(55)といった短中編のドキュメンタリーを発表している。 これを含めて、ヌーベルバーグの出発点はどこなのかという議論は多種存在する。一時定説とされていたカイエ誌=パザンを中心とする考えも最近では否定されているから、カイエ派、左岸派、という区別にもあまり意味はない。日本では遅れて紹介されることになったエリック・ロメールやジャック・リベットは中心的な監督として記憶されるべきだし、ロジェ・バデムやジャン=ピエール・メルビル、クロード・ルルーシュを加えるというのは、また、別の議論となる。 今回、『去年マリエンバートで』は4Kデジタル・リマスター版での上映となる。モノクロの濃淡が鮮明化した映像は美しい。 主演のデリフィーヌ・セイリグがまとう衣装をデザインしたのはココ・シャネルで、モダンでありながらクラシカルないくつかのドレスは、映画の世界観の表現の一役を担っている。 男と女が織りなす迷宮のような物語は、簡単に理解できるものではない。芸術の秋のひと時、映画の誘惑に身を委ねるのも"おつ"かもしれない。でも、睡魔という恐ろしき誘いは、くれぐれもご注意あれ! 語り手:覗き見猫映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。 91% 観たい! (20)検討する (2) 語り手:覗き見猫映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。 2024年09月26日 / どら平太 日本映画黄金時代を彷彿とさせる盛りだくさんの時代劇 2024年09月26日 / 潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断 助けを求める人はもはや敵ではなく、ただの人間だ 2024年09月26日 / 潜水艦コマンダンテ 誇り高き決断 海の男たちが下す決断を描くヒューマンドラマ more 2022年08月10日 / シネマヴィレッジ8(青森県) リンゴ畑の真ん中にあるシネコンで家族揃って。 2019年07月03日 / 有楽町スバル座(東京都) 日本初のロードショウ劇場として名作を送り続けてきた 2024年07月03日 / T・ジョイ稚内(北海道) 日本最北の街にある映画館は冬でもホットな場所だ。 more
男と女が織りなす迷宮のような物語は、簡単に理解できるものではない
1970年代に映画に引き込まれた我々の世代には、ヌーベルバーグというのは特別な存在である。ヌーベルバーグは1950年代末にフランスで発生した映画づくりに関わるムーブメントのことで、それを存在と呼ぶのは厳密に言えば間違いではある。過去を振り返るかたちで映画を観る作業は、最初は作品を追っていても、その対象は次第に監督に移行していく。ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、アラン・レネ、ルイ・マルといった監督は、映画やヌーベルバーグを語る上では欠かすことのできない存在となった。
『去年マリエンバートで』を最初に観たのは、70年代末頃だったか?記憶も些か曖昧になってしまっているが、上映が始まってからのアクシデントは鮮明に蘇る。上映されたのは映画館ではなくホールだった。デジタル化が進んだ今では、ホールでの映画上映は少なくなっているが、当時は、試写会や自主上映会などの興行以外の場として会館が使われた。ホールというのはそういう場所を指す総称だった。スクリーンに映し出されたモノクロの映像には、いきなりの違和感があった。どう見ても被写体がスクリーンに収まっていない。ざわめきが観客席の所々から上がったが、上映はそのまま続行された。映像がスクリーンに収まらないというのは、フイルムのサイズと映写機のフレームサイズが合っていないということで、『去年マリエンバートで』はシネスコ、横に細長いサイズの作品であるのに、それより縦横の比率が小さいビスタサイズで上映されてしまったというミスだった。集中力はいきなり絶たれた。
『去年マリエンバートで』は、黒澤明の『羅生門』から影響を受けたと、脚本を担当したアラン・ロブ=グリエは言っている。『羅生門』は芥川龍之介の「藪の中」を原作としている。
男は女に話しかける。「1年前、ここマリエンバートであなたに会っている」。しかし、女にはその記憶がない。男はその思い出を訥々と語り始める。ホテルの庭園の幾何学的な非現実空間を浮遊する男と女。池のほとり、遊歩道、バルコニーと場所を変えて男は話を続けるが、女は「あなたの夢物語」と一蹴する。男の証明は執拗で、女の夫の視線をかいくぐり、なおも続く。女も朧げな記憶を思い出したかに見えるのだが…。そんな2人の様子を見ていた女の夫は、1年前に起こったことを知っている。
ヌーベルバーグは、1950年代にフランスで発刊された映画批評雑誌「カイエ・デュ・シネマ」の主宰者アンドレ・パザンのもとに集った若い映画批評家たちが、批評の枠を越えて映画づくりを始めたことを言う。『勝手にしやがれ』(ゴダール)、『大人は判ってくれない』(トリュフォー)に見られる反社会性が先行して知られているが、その全体像は多彩で重層性がある。
『去年マリエンバートで』を監督したアラン・レネは、カイエ誌とは違うモンパルナス地区に集った映画人の1人で、セーヌ川の左岸に由来して「左岸派」と呼ばれている。レネの映画監督としてのスタートは早く、『ゲルニカ』(50)、『夜と霧』(55)といった短中編のドキュメンタリーを発表している。
これを含めて、ヌーベルバーグの出発点はどこなのかという議論は多種存在する。一時定説とされていたカイエ誌=パザンを中心とする考えも最近では否定されているから、カイエ派、左岸派、という区別にもあまり意味はない。日本では遅れて紹介されることになったエリック・ロメールやジャック・リベットは中心的な監督として記憶されるべきだし、ロジェ・バデムやジャン=ピエール・メルビル、クロード・ルルーシュを加えるというのは、また、別の議論となる。
今回、『去年マリエンバートで』は4Kデジタル・リマスター版での上映となる。モノクロの濃淡が鮮明化した映像は美しい。
主演のデリフィーヌ・セイリグがまとう衣装をデザインしたのはココ・シャネルで、モダンでありながらクラシカルないくつかのドレスは、映画の世界観の表現の一役を担っている。
男と女が織りなす迷宮のような物語は、簡単に理解できるものではない。芸術の秋のひと時、映画の誘惑に身を委ねるのも"おつ"かもしれない。でも、睡魔という恐ろしき誘いは、くれぐれもご注意あれ!
語り手:覗き見猫
映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。
語り手:覗き見猫
映画にはまって40数年。近頃、めっきり視力が衰えてきましたが、字幕を追う集中力はまだまだ大丈夫です。好きなジャンルは? 人間ドラマ…面白くない半端な回答…甘い青春映画も大好きです。